時計

ぽーんぽーん。
夜更けと早朝の狭間くらいに、その音は鳴っていた。街のパン屋の古い柱時計が朝の4時を報せているのだ。時間に忠実な柱時計は、同じく仕事に忠実なパン職人を起こす為の音を鳴らしてる。
「おはよう…」
寝ぼけた顔でのっそり厨房に入ってきた職人を、時計は音を鳴らすのを止めることで歓迎した。ふありと大きなあくびをしてから、パン職人は自分の仕事に取り掛かる。
ちくたくちくたく。
時計は時間をゆっくり刻む。せっせと働く職人の向う、窓の外にはさあっと爽やかな朝の光が滲み始めていた。時間は5時。小鳥達も起き出してきたようで、ちっち、ちっち、というさえずりの挨拶が。
「さて、休憩しようかな」
パン職人がようやくオーブンの前で一息吐いたとき。時計は彼を労わるように大きな声で朝の6時を報せてやった。


「いってきまーす」
島の和食屋の勝手口から、学生服の上に防寒着を着こんだ男子高生が飛び出していった。それを見送る和食屋の、据え付けられた柱時計は8時を報せ、鳴っていた。時計と一緒に弟を見送った姉は、朝ご飯を片づけながら、今日の仕事を考える。そろそろ、二人の姉達も起き出してくるだろう。
ぽーんぽーん。
9時を報せる時計の音に、蕎麦を捏ねる音が沿う。火にかけられたやかんがことこと言って、湯が沸いたことを主張するのも合わされば、いつもの朝の合奏だ。それを聞きながら、店の看板娘は眠そうな眼で朝ご飯を摂っている。
ちくたくちくたく。ちくたくたく。
床を掃いて、卓を拭いて、使うお皿をきちんと並べて。営業前の仕事として、自分の体を磨かれながら、時計はくすぐったくもなさそうに、朝の10時を示していた。
「もうこんな時間!」
淡々と仕事をこなす時計を見上げて、看板娘は慌てて立ちあがる。まだお米の準備もできていないのを思い出したのだ。


「いらっしゃいませー。こちらのお席へどうぞ」
街の中華料理屋は、ランチを楽しもうとやってきたお客さんでてんてこまい。子供たちのはしゃぐ声、ママさん達の些細な会議。マダム達は大口開けて笑ってる。注文する声もかき消されそうなその中で、時計はひっそり、12時を報せて鳴いてみた。
時計の音がまともに聞こえるようになったのは、お客さんの喧騒も治まった頃。ぽーんぽーん。自分の音を聞いてもらおうと、時計は得意そうに14時の音を鳴らしてた。
ちくたくちくたく。
お茶を飲みながら、前半戦を戦った従業員達はまったりした時間を過ごしてた。時刻は15時。おやつの時間。
あんまんの入ったせいろが、しゅうしゅう白い息を吐いている。


17時を報せる鐘が盛大に鳴っているのを、西門付近のティーハウスの主が聞いていた。部活帰りに寄った学生さんをお見送りに、丁度外に出た時だった。
ぽーんぽん。
常連さんが訪れるのは、いつも決まって18時。仕事帰りのOLさんに、時計はまた同じ時間に来てくれましたね、と嬉しそうに鳴いている。
ちくたくちくたく。
時計は静かに動いてた。もうすっかり夜の19時。忠実な時計によって営業終了時間を知ると、店の主は店頭の灯りをぱちりと消した。


呑めや喋れのその中で、時計も負けじと21時を報せて鳴いていた。お酒とたばこの匂いが満ちた店内で、給仕役も忙しなく働いている。
「おまたせしましたー」
ビールにワイン。ベーコンにチーズ。ちょっとの肴とたくさんのお酒で、陽気な酔っ払いが増えていく。時刻は22時。もうそろそろ、この店の一番元気な時になる。
ちくたくちくたく。たったった。
時計が進むのも、お店の誰もが気にしない。もう23時を指しているのに、大賑わいの店の中、帰ろうとする人も誰もいない。ブランデーにチョコレート。ウイスキーにミックスナッツ。興奮は増すばかり。
ぽーんぽーん。
時計が一回りして0時になっても、騒ぎは収まらない。どころか。街で働いていた人達も集まってきて、騒ぎに輪をかけるだけ。
時計が弱々しく1時を鳴いた。顔の赤い酔っ払い達は、そろそろ家へ帰ろうと、お勘定の声がいくつも上がる。店の看板娘はちゃんと帰ってくれるのを安心しながら、千鳥足の彼らを見送った。
お酒の匂いの充満した店内。お客もまばらになった中、給仕長は空いたテーブルの上を拭いている。彼女の見上げた時計は2時をとっくにすぎていた。
時計は鳴った。もう3時だと。もう帰る時間ですよと、皆に知らせた。忠実な時計に促され、店に残っていた客も、その従業員すら帰り支度を始める。もう、街の一日は終わるのだ。


そうして、どこかのパン屋では。主人の為に時計が4時を報せに鳴き始めていた。



みんなで100題チャレンジ!企画様に提出予定の作品です。

2012.02.07
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